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自家製パンと酵母菌ポリティクス

りんごとレーズンで仕込んだ天然酵母

 最近よくパンを焼く。めっちゃ焼いてる。

 ほぼ毎日こねて作って食べてる。

 

 自作のパンはいい。適当な作り方をしても結構おいしい。

 でもパン屋で買った方がおいしい。近所にパン屋が多すぎる。

 

 パンを作る時、酵母菌にすごいお世話になる。酵母菌が糖質を分解するプロセスで、パンのふわふわ感を演出し、香りを芳醇なものにする。

 酵母菌はすごい。味噌とか醤油もつくる。

 酵母菌はえらい。尊い。

 

 酵母菌は酒づくりにも欠かせない。

 偏見だが、人類はだいたい大昔からどこでも酒を飲んでたと思う。しかも、酒はだいたい神事と結びつけられる。お神酒やら何やら。文字通り尊い。

 そういえばイエスは、パンはキリストの体で、ワインはキリストの血だと言っていた。完全に尊い。

 神と人と酵母菌の三位一体が、地上に救いをもたらすのだと思う。知らんけど。

 

 2週間ぐらい毎日パン焼いて食ってたら飽きた。

 それでグルテンフリー生活を始めようと思った。

 翌日食べたカツ丼はノーカンにしたが、よく考えたらうどんも許されないのでグルテンフリーはやめた。

 

 この前、天然酵母を作ろうと思ってりんごを仕込んだ。腐った。

 酵母菌は尊い。

 

 

 

 熟議という言葉がある。多数決とかじゃなく、良く話し合って決めるということ。しかし、橋本務という人は、政治には「熟議」だけではなくて「熟成」が大事だという。話し合ってすぐに答えが出るものばかりじゃない。みんなが判断を間違える場合もあるし、十分いいアイディアを出しきっていない場合も、アイディアを発展させきっていない場合もある。ちゃんと議論が熟するまでには時間がかかるやろと。

 

 橋本務は「可謬型」かつ「熟成型」の立法がいいという。つまり、みんながその場で理性的に話しあって、完璧に判断して最適な法律を定めるということは、まずありえない。そういう非現実的な前提を捨てて、発想と時間の幅を広げる立法のやり方をとることが大事といっている。

 可謬型っていうのは、とりあえず間違ってるかもしれないけどいろいろアイディア出そうぜということを最大化することで、熟成型というのは、その場で決めるんじゃなくて時間置いて考えて、忘れて思い出してって繰り返したらいい感じじゃない?って感じ。

 だいたいそんなことを書いてる。

(橋本務「可謬主義と熟成主義の立法過程論」『立法学のフロンティア1』ナカニシヤ出版、2014、150-168)

 

 例えば可能性をもっているけどすぐに実現できない制度とか、不完全な法案を燃えるゴミにするんじゃなく、「お蔵入り」させておく。

 しまっちゃった法案は、日々みんなが話して考えて生活してるうちに、だんだん熟成されていく。どんな文面にしたらいいか、どんな制度にしたらいいか、だんだんいい味になっていく。

 それに、思いついた時はあんまりうけなかったけど、時代が追いついて人々の求める味になってるなんてこともあるかもしれない。法案が再発見、再解釈されることもある。

 提案したときは見えてなかったけど、やっぱり少数派の意見も大事やな、と考え直す時間にもなる。ドライイーストより天然酵母のほうがいろんな菌まざってて、深みのある味になるという世界観だと思う。

 

 しかし、「熟成」という言葉は成城石井のちょっと高めのハムとかを思い出してつらい。いや、それ以上にそこには「意図」が感じられる。熟することに向かっていくという作為が最初から働いていて、世界がとどめられているおそれがある。

 「発酵」は違う。パンもわざと発酵させてるけど、どこかで酵母菌の生命が勝手に躍動しているイメージがある。目的や意図を超えたところで世界が動いている感が、発酵という言葉には込められていると思う。

 

 酵母菌の生命力は、デニッシュな、いやデモーニッシュな契機を内包しているのだ。

 

 

 

じゃがいもパンとロールパン

 本題に入る。パンをこねるときには、強力粉と塩と砂糖とイーストと水をつかう。イーストはドライやインスタントを使ってきたが、自家製酵母でも作ってみたい。水は牛乳になる場合もある。甘酒でやるといい香りになるが、ちょっともったりする気がする。だいたい強力粉300g、塩5g、砂糖20g、ドライイースト3g、水150mlを基本量として調整している。バターを入れるとさらにいい感じの生地になるが、重いので私はあまり入れない。

 

 材料をボールに入れてひたすらこねる。バターを入れる時は、ある程度生地がまとまった後に、固形のままねじこむ。生地がぶつぶつちぎれるが、気にせずひたすらこねる。それでまとまっていく。バケットをつくる時は、強力粉の2~5割を薄力粉にして、あまりこねすぎないようにし、生地がまとまった後は四方から折りたたむこと2~3回とかにする。その後、10分おきに四方折りたたみを3回ぐらいやってから発酵させると、焼き上がった時にパンの中の気泡がまばらでいい感じになる。

 

 こね方は色々ある。叩きつけとか転がしとか、プロはものによって変えるらしい。私はひたすらまな板の上で押しつぶしながら引き伸ばしてまとめることを繰り返す。生地がいい感じに伸びるようになってきたら、丸める。多分、ここまでの工程は国会でもやっている。

 

 しかし、国会では丸めたものをすぐにオーブンに入れてしまう。時には強力粉がダマになった状態のまま、フライパンで焼き始めるようなことをする。最近は焼くことすらしないで、生で出すのが主流らしい。そのうち調理場を閉めると思う。

 パンづくりは違う。せっかく酵母菌が入っているのだから、置いて発酵するのを待つ。30度前後がいいらしい。50度をこえると酵母菌が力尽きるので気をつける。冬はこたつの中に置いて生地が2~3倍ぐらいになるまで待つ。だいたい1~2時間ぐらい。

 

 このとき、酵母菌が生地中の糖質を分解し、二酸化炭素を吐き出す。それをグルテンの網が張った生地がうけとめて、全体がふくらんでいく。つまり、よくこねた生地にはよくグルテンが張っており、酵母菌の働きを最大限に活かすことができる。

 

 最初の発酵過程が終わったら、成形する。小さいパンをつくるときは、8~10個に分割して丸める。10分ぐらい生地を休めてから、麺棒で伸ばして、ロールパンや、中に餡を入れた惣菜パンにする。形をつくったら、また2倍ぐらいになるまで置いておいて発酵を待つ。法案の形をつくった後に、さらに発酵させることでより柔軟な厚みのある生地にできる。

 

 上記のレシピはパンづくり歴3ヶ月のど素人のものなので、失敗も多い。達人は工程のところどころで調整しつつ、酵母菌の働きをおいしいパンにつなげられるのだと思う。

 

 

 

 つまり、政治にも酵母菌がいる。長期的な目線をもつとか、ちゃんといろんな(まともな)データとか議論とか実態とか考えるとか、制度設計これでだいじょぶかとか、そういうのは時間をかけて発酵を待つ必要がある。酵母菌が息づくことで、薄っぺらい固いペーストではなく、ふわふわで厚みのある生地になる。

 

 ドライイーストは松下政経塾みたいなところで育てられてきたのだと思う。今はドライイーストすら絶滅しかけて、腐敗菌がはびこっている。煮ても焼いても食えない。はよ消毒した方がいい。

 

 おいしいパンを作るためには天然酵母の働きを取り入れることが必要だと思う。天然酵母を育てるためには、糖分の多い果物やドライフルーツなんかを煮沸消毒した瓶に入れて、水に浸して、待つ。そうすると酵母菌がわらわらと増殖してきて、うまいことになる。失敗するとりんごにカビが生える。

 

 実は、発酵と腐敗に違いはあまりないらしい。おいしくなるときは発酵といい、まずく・食えなくなるときは腐敗という。温度が上がりすぎると腐敗菌が活動しやすくなる。だから、酵母菌がゆっくりだけど活動できて、腐敗菌が活動できないように冷蔵庫に入れる場合もある。腐敗菌が増えてしまった場合、腐った部分をつまみとるなど手入れをする必要がある。しかし、カビまくったりんごはどうにもならない。さっさと捨てて新しく作り直すしかない。

 

 

 

 発酵する政治のために、どんな制度が必要なのか。橋本務は党議拘束を個々の事例ごとにゆるめて議論の活性化をはかること、国会審議の内容を文書や映像として、廃案になる法案も含めてちゃんと公開して、人々がそのつど話し合っていろんなアイディアを出せるような形をつくることなど、ともかく立法過程をあえて「非効率的」にすることを強調してる。

 

 「熟成型」が参議院で、「可謬型」が衆議院と役割分担することも提案している。特に長期的な視点に立って扱わなあかん分野、「経済の低成長や財政悪化にともなう配分や補助金の見直し、あるいは、憲法、安全保障、外構、人権、文教問題などの体制理念をめぐる政策、地域振興に関する法律、災害対策に関する法律、あるいは道徳や文化全般に関わる法律、国会の運営をめぐる法律、国家公務員を規律するための法律、各種の基本法、など」(同上、163)は、短期的な党政略で決めるんではなく、じっくり発酵させつつ人々の議論を継続しながら決めてくもんだと。入管法とか水道法とか、インスタントでこねたらあかんやつやろ。そんでまた腐るし。

 

 つまり、ほんとに意味のある発酵した議論をするための、党派政治を超えた制度が必要になっている。そのうえで、社会を下支えする法律だとかを十分に発酵させるために、酵母菌たちがそれなりの温度で糖分を分解し続けるといい。

 

 酵母菌は私たちである。ひとりひとりの人間がアルコール発酵する必要がある。

 要するに、私たちは尊くあらねばならないとかそんなことなんじゃないかと思ったりする感じでいいと思う。

 さしあたって私は天然酵母をもう一度作りなおす。

 

 

山川卓