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あいちトリエンナーレ2019と当事者性のアート

 ピエロたちの空間は、パンフレットの表紙にもなっているように、目玉の展示だったのだろう。実際、部屋に入った瞬間にその質量にとらわれるような感覚を得た。だだっぴろい空間に、やたらリアルなポーズ(片肘を立てて寝てる、体操座りしてる、あぐらかいてうつむいてる)でくつろぐピエロたちが散在している。人形なのだが、とにかく存在感があって、立って鑑賞していると不穏な存在感にそわそわする。しゃがんでピエロたちと同じ目線になってみると、なんとなく自分も空間にとけ込んだ感じになり、不思議と安心感を得る。ただし、ピエロたちはピエロの仮面をかぶっている。色とりどりの服を着ているとはいえ、一様に同じピエロの仮面をつけており、しかも一様に目を閉じて表情がない。非日常的な風景のはずなのに、見慣れたものに見えてくる。わしゃピエロちゃうぞと思い直し、立ち上がって見回して、部屋を出る。出たところで、ひょっとして過敏な反応だったのではないかと思って、もう一度ひき返して眺めた。

 

 私は芸術に詳しくないが、現代芸術の1つの特徴は主客のあいまいさを強調する点にあると思う。従来の芸術が作品を鑑賞する主体と、鑑賞される客体としての作品に分離されている(ことになっていた)のに対して、現代芸術は主客の分断をあいまいにし、鑑賞者を展示の一部に組み込む「参加型」を志向していると思われる。つまり、作品を見ている人を「当事者」として作品に引き込む。作品の外側にとどまらせない。そして作品への参加を通じて、生活とか社会とか出来事とか個人とか、なにかしらの当事者であることを思い出させてくるということに、重要な意味があるのだと思う。

 8月20日に行ったのだが、ちょうどその日から「表現の不自由展・その後」へのバッシング・中止措置に対して、これまでに展示中止を決めていた3作者に加えて、新たに8組の作者たちによる、抗議の意を込めた展示中止、展示の差し替えが行われていた。大部分が私が見たいと思っていた作品だったのだが、その作者たちのパンフレットの紹介文には植民地主義、ジェンダー、移民、検閲といったキーワードが並んでおり、そういうことと向き合ってきた作家はこの事態に対して、当然のことながら明確な抗議の意を表明していた。

 

 たとえばモニカ・メイヤー氏の展示は、性暴力被害にあった人たちの個人的な経験がつづられたポストイットを縦横に貼り付けていたものから、ポストイットが床に散乱しているものに変わっていた。平和の少女像に対する攻撃は、これまで幾度となく行われてきたように、性暴力に傷つけられてきた人たちをふたたび踏みにじった。一つひとつの、破られ、打ち捨てられたポストイットは、片手間に人の魂を殺すものたちへの、堆積し、地の底からわきあがる怒りを伝えていた。

 「表現の不自由展・その後」が波紋をよんだが、もともとその他の作品も、過去3回で展示された作品も、暗喩的にというより、明示的もしくは具体的に、社会に内在する暴力を(もちろん単純化しない形で)表象するものが一定の割合をしめていたように思う。

 

 たとえば2013年には、エストニアの作家の作品で、第二次世界大戦の記憶と現代政治のからまりを表象する作品が展示されていた。エストニアは第二次世界大戦後にソ連に併合され、冷戦後の1991年に独立した。日本と同じように、戦争直後と1990年代以降で第二次世界大戦の公的な記憶は変化させられている。1947年にソ連軍兵士の銅像が、ファシズムに対する勝利と「ソ連による解放」の象徴として、首都の中心部に設置された。しかしその像は2007年に撤去され郊外に移設された。その際には、ロシア系住民による抗議もあった。2013年の作品はその一連の騒動を扱ったもので、作者は撤去された像のレプリカを作って、もともとあった場所に再設置するパフォーマンスを行って、住民と警察ともめた末に、像と一緒にトラックで引っ立てられていく、という映像だったと思う。映像が流れているそばに、レプリカの銅像が置かれていた。像をめぐる騒動の背景には、第二次世界大戦の意味付け、ナチス・ドイツからの解放かソ連による再占領か、冷戦中の統治、独立後のロシア語系住民の「非国民化」政策、ナチス協力者の「再評価」など、ここ70年超の歴史過程があった。展示はそれを直接は語らないが、歴史が現在の政治的文脈によって恣意的に解釈され、そのことによって打ち捨てられる人びとがいることを示していた。

 

 今回の展示では、田中功起氏とキャンディス・ブレイツ氏の作品が記憶に残った。前者は、異なるルーツを持った人たち4人が集まって、芸術作品を作る過程で、「家族」とは何かというテーマに近づいていくという作品だった。その人たちの描いた布キャンバスが飾られた空間の中、ゆったりとした椅子に座って映像を鑑賞する過程で、鑑賞者は演者と自分の中に家族が拡張していく感覚を覚える、という展示のような気がした。

 

 後者は、難民の人たちがインタビューに答えたものを、ハリウッド俳優が全く同じ言葉で再現するというものだった。ただし、鑑賞者は最初、そのことを知らない。

 鑑賞者は暗幕をくぐって映像を映している部屋に入る。そこでは大画面で俳優が難民の人たちの語った言葉を、叙情豊かに、断片的に再現している様が映し出されている。仕掛けを知らなかった私は、初め、演技とは分からなかった。俳優自身が難民だと勘違いし、話が錯綜していることに気づくと混乱した。

 

 その部屋は、実は手前の部屋と奥の部屋に分かれており、奥の部屋へ行くと、からくりに気づく。そこには小さな画面が6つ並べられて、それぞれ、インド、コンゴ、シリア、ソマリア、ウガンダ、ベネズエラ出身の難民の人たちのインタビューが流れている。そこではじめて、手前の部屋で語られていた言葉は、この人たちのものだったということがわかる。インタビューは各3~5分ぐらいの長さで編集されているが、その大本のインタビューは作者のホームページで公開されており、1人あたりだいたい2時間半から3時間半ぐらいの長さをもっている。

 

 元の材料であるインタビューが展示されている部屋の手前で、それをもとに演じられた映像が流されている。俳優たちの語りには日本語字幕がついている。難民たちの語りには字幕がついていない。6人の(有色の)難民の語りは、2人の(白人の)俳優によって切れ切れに、混ざりながら再現されている。どの語りが誰の個人的経験なのかわからない。切り貼りされ、ハリウッド俳優によって演じられる語りは、伝わりやすく、情動を喚起するが、オリジナルの個別性・身体性を剥奪されている。

 

 もともとの難民の人たちの語りに行き着くためには、作者のホームページ https://vimeo.com/candicebreitzにアクセスして長いインタビューを聞く必要がある。もちろん、それとて作家の手によって編集された、メディアを通したものではあるけれど。素の語りを聞くことが可能になっているのは、この美術作品が「アテンション・エコノミー」を批判的に表現する作家によって構造化されているからだろう。通常のメディア報道や団体・企業の宣伝であれば、耳目を引くように加工された情報だけが提示され、本人の率直な語りにアクセスできる可能性はほとんどない。

 

 難民の人たちの語りは、一部を除いて、おそらく母語ではない英語で語られるということもあり、スムーズには出てこない。言葉が見つからず、言いよどみ、煩悶としながら語りを継続する。逆に、俳優によって演じられる苦難の描写は不自然に自然に発せられ、聞いている側に不自然に自然に届いてくる。図式的に届けられる。その結果、ハリウッド俳優の語りには共感しやすく、当事者たちの語りには相対的に共感しにくい構造が作られている。

 

 例えば、奥に部屋があることに気づかず、手前の部屋に入ってじっと大画面を見て、難民を演じるハリウッド俳優たちを見て、出ていく人も一定数いるだろう。その場合、鑑賞者はもともとの難民の語りに遭遇しないだけでなく、誰が何について語っているのかもよく分からず、難民の経験も、作家の意図も不明なまま場を後にすることになるかもしれない。そこで鑑賞者は、まさしく切り分けられた情報を摂取する消費者になっており、作者が批判する現代情報消費社会の当事者として作品を構成することになる。もっとも、完全に展示内容を確認(≒消費)し、ホームページまで行って何時間もかけてインタビューを聞いても、情報経済における消費者であるという感覚を追認することになる。

 しかし、もう1つ踏み込むと、この展示は難民であることの当事者性を示しているともいえる。

 

 難民であることの当事者性が、見ている側に投影されるとはどういうことか。難民になるとは、いつ自分が難民になるのかわからないこと、それが自分では選べないことを意味する。

For me, the cherish is very important for me, god is very important for me. God give me the good way to stay in life.

 

There are too many, often too many children, you don't have parents, you don't have family, too many people they are alone, their family die, for me another reason, in south africa, I meet some of the people, like, nothing to eat, I don't want to see those things. To do this, to help them, then its good for me, this guy shows me that place, thats' why I keep going to do my volunteer...


 経験は淡々と語られる。その重さと、さっき見たハリウッド俳優の弁舌との対比から、すぐに共感しづらい。しかし、この人たちは語る場を得ている。圧倒的に大多数の人たちはその場を得ることはできない。それを受け取るこちらはだんだん裏返る。自分はどうだろうか。自分が難民になった時、この人たちのように語ることができるだろうか。共感されない、共感される場を得られないとしたら、それは技術的に優れていないとか、関係性の中で重みをもたないからなのだろうか。身体レベルでの共感が生まれるためには、そうした作用と構造に依拠することになるのだろうか。逆に、自分には共感される語りがないとしたら、この人たちと同じように、自分の母語ではない言語で、平板な語彙に依拠しながら拙く必死に語る行為に重なっていく。あるいは、そもそも語る場を得られない人たちと同じになるはずである。

 

 共感可能な語りができないという点において共感可能性が出てくるといってしまったら、乱暴すぎる。それでも、6人の個人たちが経験した事実の質量は変わりえないし、この人たちの言葉は私を当事者にする。

 

(山川卓)